2011.11.28 Monday
塩田 武士「女神のタクト」
『30歳にして職と男をなくした矢吹明菜。旅先で出会った老人に「アルバイトせえへんか?」と誘われる。金がなく公演もままならない小さな楽団に、ある男を 連れてくれば報酬があるという。それが明菜と、一度は世界的に活躍した引きこもり指揮者・一宮拓斗、そしてオルケストラ神戸の出会いだった。笑いがいつし か感動になる音楽の奇跡の物語』
(〜amazon)
会話はほとんど関西弁。気に入らないと暴力に訴える女と、とらえどころのない飄々とした老人。内股で歩く引きこもり指揮者に小柄でパンチパーマという変な男が事務局長・・・とどめは・・・楽団名がオルケストラ神戸なんて・・・タンゴ楽団か???
登場人物その他・・・全てが実に・・・実に胡散臭いな〜!!(笑)
実際読んでみると話の展開もかなり乱暴。悪口雑言と暴力を伴ったドタバタ喜劇風の小説と言い切ってもOKという雰囲気です。
ところが、「笑いがいつか感動になる」という宣伝文句のように、後半では徐々に真面目な側面が見えてきて・・・過去の憂いを断ち切って笑顔を取り戻すというような・・・結構感動的な結末ですよ。
そ もそも、表紙の裏には見開きで楽譜が載っています。これは何だ?と思って良く見ると・・・どうやらピアノ協奏曲の楽譜???なるほど・・・意外と本格的な 面もあると分ります。そして、読み進むと楽譜の曲(何故か?7小節目から)・・・ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番が出てきます・・・。
ド タバタ喜劇の形はとっていても、楽曲は真面目に取りあげています。エルガーやベートーヴェン、ラフマニノフに石川さゆり・・・とか。(笑)どれもそれなり に意味があり、登場人物も同様に音楽的な面での役割をしっかりと果たす展開になっています。クラシック音楽でプロを目指しながら様々な理由で挫折し、人知 れず苦しんでいた主人公たちが、ようやく実現したコンサートの中で、音楽の持つ奇蹟の瞬間を体験することで甦る・・・結末ではそんな情景が丁寧に描かれて いて最後まで読ませます。
また、現実のクラシックを取り巻く環境、例えば地方のオケはジリ貧で、音楽学校を出た若者の大部分は畑違いの職 業に就くしかないというような現実も書かれており、クラシック好きの人間、楽器を手放した人間の屈折した思いを受け止めた上で、逆に野放図な展開で笑いの めそうという感触もありますね。
思い切り笑い、最後はちょっとシンミリしながらも、前を向いて歩き出すんだ・・・そんなお話です。
かなりガサツな表現や小細工が多いとも感じますが、クラシックも落語も演歌もOKという間口の広い方だったら文句なく楽しめるお話になっています。
そうそう・・・これ・・映画にしたら面白そうですね。