2009.04.30 Thursday
中川 なをみ「龍の腹」
20章からなる物語。表紙は林喜美子画伯。各章の最初のページには薄い影絵のような挿絵がある。わずかに茶色がかったインクでクッキリと印字された文章は気持ちよく読めます。
「「焼き物の技術を学びたい」という、父の夢に引きずられ、父とともに日本から宋へと渡った少年、希龍。苦難の道程をへて、焼き物の地、龍泉にたどりついた 二人の前に、まるで丘をはう龍のような、巨大な登り窯が現れた…。戦乱激しい南宋時代末期を舞台に、陶工として、焼き物作りに身を投じる少年、希龍の命の 物語。」
(〜amazon)
一言で言えば、「大河小説」でしょうか。鎌倉幕府が開かれてから70年ほど後の時代。九州の博多から父と共に旅立った8才の主人公「太郎」。宋王朝の崩壊を経て、元王朝が成立してしばらく経つ頃まで、太郎が36才になるまでの波瀾万丈の物語です。
老舗の呉服問屋に生まれ、何不自由なく育った主人公が父とともに中国に渡る。彼の地の焼き物の技法を身につけた二人は、帰国後その技術を広める・・・なんて筋を最初の内は想像していたのですが、読んでみると大違いでした。
厳しい修行の日々が前半3分の一を占めます。その後は元の侵攻に騒然とする世相の中での過酷な旅、様々な出会いや、戦いの中、志半ばで死んでいく人々の姿も描かれており、単純な児童向け小説の域を超えています・・・。また、一部には現代中国の雛形のような人々の描写もあり、史実の面から疑問が無くもないですが興味深いですね。
主人公「太郎」は中国に渡って「希龍」と名乗り、父に捨てられたと思いながら土にまみれて働く内、次第に陶工という仕事の素晴らしさに魅せられていく。その才を認められて父と再会したのは20才の時!政治に関わりたいと言う父と別れ、更に修行を重ねる為、希龍は自ら選んだ道を行く・・・。様々な困難を乗り越え、やがて家族を得る・・・。人間としてしっかりと自立していく主人公の姿が見られます。
舞台は中国、歴史上の人物も多数登場しますから、語られる言葉も中々味わい深いものがあります。特に目立つのが「仕事」や「人生」にまつわるもの。
「おまえがおまえの人生の主なんだぞ。親は脇に置け。親に感謝は必要だが、自分の人生の主にするのは間違っている。いいか、親は脇に置け」
「仕事にはいつだって楽しみという土産があるんだ。本気でかかれば、きっと、なにかを返してくれる。おれはどんな仕事でも、楽しみが見えるまでは必死になる」
「しょうがなく働くやつと一緒に仕事はしたくない」
「本物の旅も心の旅も、旅に変わりはない。体も心も、いっぱい旅をして、いつか留まるときがきたら、そこに帰ればいい」
「人の一生は旅なんだろう?苦労も含めて、おれは一生けんめいに旅をするつもりだ」
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地に足の付いた人間の言葉、力強い言葉があちこちにあって素晴らしい!
児童向けの読み物で「焼き物」に関するものと言えばリンダ・スーパークの「モギ―ちいさな焼きもの師」が思い浮かびますが、この本は焼き物に関する事でも更に本格的な内容です。陶土に魅せられ、焼き物に魅せられ、自然と、命の輝きに魅せられていく希龍の姿が感動的です。「龍の腹」という書名の説明は目に付かなかったのですが、幼いときは泣きながら、成長してからは自らを鼓舞するように語りかけた登り窯のことであり、希龍自身のことでもあるのでしょうね・・・。
何故働くか?額に汗して働くことの素晴らしさを実感させてくれる、近頃珍しい物語です。
児童書ではありますが、本格的な大河小説という雰囲気で大人も楽しめますよ!