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ケイト・ペニントン
徳間書店
¥ 1,680
(2011-08-26)
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柳井薫訳
作者はイギリス人で二児の母。「ケイト・ペニントン」という名は、
作家ジェニー・オールドフィールドがヤング・アダルト向けの歴史小説を書く際のペンネームらしい。いずれにしろ初めて聞く名前ですが・・・。(笑)原題は「Tread Softly」。直訳すると「優しく踏んで」となるのか?広く考えると様々な解釈が出来る微妙な言葉ですが、この本の冒頭には
W・B・イエーツの同じような内容の詩が載っていてこれまたとても微妙・・・イギリス人らしいこだわりが感じられます。邦題はかなりの意訳ですが「エリザベス女王」とは
エリザベス一世のことで、映画にも描かれた女傑でございますね。そして・・・お話はこの女王様も登場して進んで行きます。
『仕立て職人を父に持つ十三歳のメアリーは、刺繍が得意なお針子だ。花や鳥など、自然の美しさを布に刺していくメアリーの腕は、かなりのものだった。父が仕えるシドニー卿のもとにウォルター・ローリーが訪れた。シドニー卿の妻子がエリザベス女王を訪問するのに同行しようというのだ。そして、その際に身に着け
るマントを作るのは、メアリーと父の仕事になった。しかしある夜、メアリーは、カトリック派の数人の男が、女王の暗殺を計画している話を偶然聞いてしまっ
た。そのうえ、そこに来合わせた父が殺されるところまで目撃してしまう…。エリザベス朝時代を舞台に、実在の人物を巧みに配して、女王を救おうと奔走する
お針子の少女の冒険を描く、ロマンティックでスリリングな物語。
』
(〜amazon)
映画でも分るように男も女も豪華な衣装が好まれたあの時代、手の込んだ刺繍や縫製には多くの職人が必要だった。そんな史実を上手く取り入れたこの小説は、主人公メアリーの細々とした日常風景から始まって、地方領主の館に使える仕立職人たちの働きぶりや領主一家との関わり方が丁寧に描かれていて興味深いです。
ご多分に漏れず横暴な女主人や娘達・・・堪え忍ぶ使用人とのユーモアも交えた丁々発止のやりとりはこの手のお話の定番でしょうか?(笑)
この小説が変わっているのは、その日常に何やら胡散臭い男(
ウォルター・ローリー、エリザベス一世の恋人)が入り込んできてからの展開で、一度は落ちぶれた人物であるその男が、起死回生のチャンスとして女王に謁見するためメアリー達の手技が必要となり、その結果、ただの仕立て職人やお針子が大きな歴史のうねりの渦中に放り込まれて行ってしまうという内容を、、カトリックとイングランド国教会との対立、新世界への植民地活動に代表される
大航海時代を背景に描いている事ですね。
血で血を洗うような
英国王室の歴史?の中では「国王暗殺騒動」というのは何度もあったらしいが、ヘンリー8世が離婚を伴う結婚に絡んでローマカトリック教会と袂を別って
イングランド国教会をつくったという
チューダー朝(16世紀)もかなりヤバイ時代だったらしい。(汗)
強大な権力を持ちながら孤独なエリザベス一世、その怒りの矛先を避けながら歓心を買おうと懸命な男達、そして、女王暗殺を企むカトリック教会勢力の暗躍・・・。
幼い時に母親を失い、偶然父の殺害現場に居合わせ天涯孤独となってしまったメアリーは、極普通の「お針子」にとってはあり得ない世界に放りこまれてしまって途方に暮れる・・・。生き抜くための手段として、父と共に養った「お針子」としての才を発揮し、その手によって生み出された華麗なマントはメアリーを王宮に導きますが、「陰謀」の存在を告げようにも女王の周囲には敵か味方か分らない人物ばかり・・・・。
意を決したメアリーが「告発」をしたとたん・・・小さなお針子の身にも暗殺者の影が迫る!!
中盤までは孤独と不安に苛まれるメアリーが描かれるのでかなりストレスが溜まりますね。でも女王が登場してからは何だか映画でも見ている雰囲気・・・エリザベスって凄い存在感です!!(汗)
そして結末では・・・ふと
「ジェイン・エア」を思い出しました。言う間でもなくハッピーエンドで、英国女性の幸福観の一典型となっている?小説と、漂う情感が似ているのは偶然ではないのでしょうが、ほっとするラストです。
恐ろしくも優しい「女王」の姿と同時に、最後の瞬間まで敵味方のどちらになるか分らない登場人物たちの様子が描かれる展開は、エリザベス一世と言えども死と隣り合わせだったという時代を実感させてくれてますし、ただの仕立て職人やお針子かと思えば実は名の知れた家柄の末裔だったという結末はあの国の歴史も感じさせてくれて楽しめます。少女と女王を結びつける「お針子」という存在に着目し、細々とした職人の日常と王宮でのドラマチックな出来事を上手く取り込んで描いた異色の作品と言えます。
登場人物のロマンスが描かれる訳ではありませんが、広い意味でのロマンチックなYA向け歴史小説としてもお薦めです。