2012.06.24 Sunday
乾石 智子「魔道師の月」
『こんなにも禍々しく、これほど強烈な悪意を発散する怖ろしい太古の闇に、なぜ誰も気づかないのか…。繁栄と平和を謳歌するコンスル帝国の皇帝のもとに、あ
る日献上された幸運のお守り「暗樹」。だが、それは次第に帝国の中枢を蝕みはじめる。コンスル帝国お抱えの大地の魔道師でありながら、自らのうちに闇をも
たぬ稀有な存在レイサンダー。大切な少女の悲惨な死を防げず、おのれの無力さと喪失感にうちのめされている、書物の魔道師キアルス。若きふたりの魔道師
の、そして四百年の昔、すべてを賭して闇と戦ったひとりの青年の運命が、時を超えて交錯する。人々の心に潜み棲み、破滅に導く太古の闇を退けることはかな
うのか?『夜の写本師』で読書界を瞠目させた著者の第二作。』
(〜amazon)
18ページの短いプロローグ、それに続く二部の本編。そしてわずか2ページのエピローグからなる、トータル400ページ近い長編・・・仕事が忙しくて中々読めなかった事もあり・・・図書館から返却要請が来てしまいました!(笑)(〜amazon)
登場するのは前作の影の主人公とも言えた?ギデスディン魔法の創始者にして書物の魔道師キアルス。キアルスと似た部分を持ち、最後には共に立ち上がる事になる帝国お抱え魔道師レイサンダー。そして過去の世界に生き、その体験をキアルスに見せることになるティバドール・・・等々。
「夜の写本師」はどことも知れぬ世界が舞台でしたが、この作品ではローマ時代の地中海世界を彷彿とさせる架空の地域が舞台となっています。冒頭には地図も掲載されえていて、前作より世界観がより具体的になっていますね。ローマ帝国がどんな国だったかは知りませんが、国の成り立ちや色々な面の制度、仕組みなどは「近い」ものを感じさせます。
プロローグを読み始めてすぐに感じるのは・・・「暗樹」という「驚異」への「違和感」です。ファンタジーにしては異様な存在感があってギョッとさせられます。幸運のお守りがやがて禍々しい「不幸の源」の正体を現わしていく様子は、何やら「現代社会にとっての原子力」を思わせる物があり、リアルな恐怖を感じる程で、作者がそこまで意識して書いているのかは知りませんが、掟破りとも感じる「悪意」の表現には驚かされました!
正直言って・・・当初はこの「暗樹」の強烈さを受入れがたいと感じましたが、物語が進むにつれて慣れていきました。これが作者の描き方によるのか?それとも単なる「慣れ」か?ちょっと微妙な部分です・・・。
他にも見所は多い。
前作同様の時代を超えた移動や現実世界とタペストリーの中の世界の移動なども描かれていますが、物語全体の構成がしっかりとしていて違和感がありません。強大な国家の発展の影で繰り広げられた小国群の生き残り策、魔道師という職業の成り立ちや地道な努力の姿、魔法を使うことの「意味」・・・魔道師の使う魔法が体系立てて説明されたり、魔法を使う事で得る物や失う物についても言及されていたりして、奥の深さを感じさせる・・・今までの「ファンタジー」とは一味違う作品だと思います。
クライマックスは「対決」場面となりますが、文字通りの「異次元体験」がリアルに描かれていて凄い!そしてラストでは・・・戦い終えた主人公が・・・恋人の胸にすがって泣きじゃくる・・・挫折から立ち直って偉業を成し遂げた主人公の、若者らしい硬軟両面をサラリと見せてくれて微笑ましいです。
全体として・・・これが第二作の新人作家とは到底思えない出来ですね。
新しいファンタジーを待ち望んでいた人に・・・どうぞ!