雪太郎のつぶやき、あるいはプリンセス達の花園

あ〜!!おじさんなのに、「プリンセス・プリンセス」に嵌ってしまった〜〜!!(笑)
美しいもの、面白いもの、切ないもの、考えさせる物・・・。一人が好きだけど、独りじゃ寂しい。そんな私のつぶやき・・・・。ちょっとキモイかもね〜。
クラシック音楽が苦手な人にはお薦めできません。暗いのが嫌いな人にはお薦めできません!!お子様にもお薦めできません!!
[謝辞]
父と母に、家族に、多くの慰めと喜びを与えてくれた、過去、現在、そして未来の芸術家達に、感謝!!
[おことわり]
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2011.11.05 Saturday

斉藤 洋 「 遠く不思議な夏」

富安陽子の「盆まねき」と同じ頃新聞広告に載っていた本だったかな?表紙は彼岸花で、書名からも分る様に夏休みのお話なので季節外れも甚だしいのですが・・・。(笑)

『母の郷里ですごした、少年時代の夏休み。そのなんでもない田舎ぐらしの中でぼくは幻とも現実ともつかない不思議なできごとに出会う。昭和三十年代を舞台につづる12の奇譚。小学校高学年から』
(~amazon)

昭和30年代の田舎が舞台とくれば「トトロ」もそうでしたっけ?(笑)戦後の混乱期も乗り越え、皆貧しくとも地道に生きていた時代。同時に、経済発展にともなって古き良き存在が消えて行った時代でもあったような・・・。

この本で描かれるのは、主人公が夏休みを過した田舎で体験する不思議な出会いと別れですね。氏神様・・・狐・・・座敷童に幽霊、人魂・・・・。神や仏、先祖の霊や自然の中の不思議な存在が子供だけに分る形で姿を現わす。時に怖くもあり、時に優しく愉快でもあるそれらとの触れ合いが淡々と描かれていきます。

幼い時は意味も分らず無心に見つめるだけですが、成長するに従って互いに交流が生まれます。しかし、その先は・・・ある年齢に達すると「子供の時間」は終りを迎える・・・。

不思議な存在の意味や理由を考え始める頃に、別れが用意されているというのはちょっと切ないですね。でも、そうやって・・・皆大人になってきたのか・・・。

作者の体験記という雰囲気で書かれた児童向け小説かと思います。「奇譚」とあるように少々怖い部分もありますがさほど劇的な展開はなく、全編にゆったり、ほのぼのとした感触が拡がっています。

冒頭から最後まで一人の不思議な人物が登場します。ひょっとしたら村の守り神か?という雰囲気の人物ですが、最後にはどこへとも知れず消えて行く・・・やはり時代の変遷を象徴するような存在です。

いつしか疎遠になってしまった存在・・・思いを馳せる田舎を持つ人には懐かしいでしょう。都会育ちに方には、古き良き日本の「心の風景」の様な不思議な体験ができる本と言えます。

2011.10.16 Sunday

ジーン・クレイグヘッド ジョージ 「ぼくだけの山の家」

ジーン・クレイグヘッド ジョージ
偕成社
¥ 1,680
(2009-03)

茅野美ど里 訳

1919年生まれの作者は新聞社勤務を経て作家になったアメリカ人の女性。ワシントンDCで生まれ育ち、出産後に自然の中で動物と触れ合う内に構想が生まれて形を成したのがこの本で、1959年に出版されたデビュー作となったらしい。

 原書出版から50年後の邦訳で、いかにも偕成社の本らしく素晴らしい装幀です。外観と中身がこれほどピッタリの作品も珍しいと思う位の出来だと思います。 表紙は男鹿和雄氏、中身の挿絵は作者の自筆。巻末にはお話の中でとりあげられた動植物の細密画が10ページにわたって掲載されていて図鑑的な役割も果たしています。(松原巌樹 絵 川嶋隆義 解説)

『自分ひとりの力でやれる―ニューヨークの家を出て、少年サムがむかったのは、キャッツキル山脈の深い森。大木のうろをすみかとし、ハヤブサ「フライトフ ル」とともに一年間をすごします。すべてを自分で考え、つくり、解決してゆくサム。やがて、自然とは、そして自分とはなにか、ということに気がつきはじめ ます。アメリカでよみつがれてきた名作、50年目の初邦訳。小学校高学年から。 』
〜amazon

ナチュラリストで科学者だった父、アメリカにおける鷹匠の先駆けとなった二人の兄、そして・・・子供時代に、山で暮らしたくて一度は家出をしてしまう遺伝子の持ち主・・・。こんな背景を持って生まれ育った作家が書くとしたら・・・コレしかないよね〜!!という作品です!(笑)

以前に紹介したワット・キー作「風の少年ムーン」と同様に、自然の中で一人奮闘する少年のお話ですが、大きな木の「家」やハヤブサを使っての「猟」、鹿皮を使っての衣類の手作りなどのマニアックなエピソードがいっぱいで面白い。

ただ、主人公サムは天涯孤独でも何でもなく、「単なる家出」の一年間のお話なのが特徴です。

結末は・・・一人で暮らすことへの微妙な苦しさを感じ始めた少年が少しずつ外の人間との触れ合いを求めていく内、「18歳までは親の責任」という社会の常識が押し寄せてきて終わるという、ハッピーエンドですがほろ苦い結末です。著者のあとがきによれば、出版社に持ち込んだ最初の段階で発行者は「家出を勧める」内容に拒否反応が示したらしいが、「子供に家出をさせるなら、都会より森のほうがまし!」という編集者の言葉に翻意して出版に至ったというエピソードも紹介されています。

ちいさな子供の「家出」のほとんどは数時間か一日程度のものとすれば、この本の一年間というのは「あり得ない長さ」で、その現実離れした部分が「夢のお話」と言えるのかな?

誰でも一度は思う「森への家出」・・・それを追体験できるとても有益な本と言えますね。(笑)

大人の私だって憧れる森の生活はとても楽しく読めました。マネは出来ないから来年夏のキャンプには絶対行くぞ!!(笑)

2011.08.30 Tuesday

富安 陽子 「盆まねき」

富安 陽子
偕成社
¥ 1,050
(2011-07-09)

随分前の新聞広告で知っていつか読もうと思っていたのですが、先日図書館で見つけて借りてきました。見るからに児童書ですが中身も児童書そのもので・・・大きな字がありがた〜〜い!!(笑)

『なっちゃんがお盆の間におじいちゃんたちから聞いたふしぎなお話。そのあとなっちゃん自身がした本当にふしぎな体験。作者の親族への鎮魂歌 』
(〜amazon)

話の内容は上の説明の通り。いかにも富安氏らしく、ほのぼのとした場面、コレは凄い!と言う場面がいくつもあります。児童書の場合、最初の部分で余りに子供じみた場面が続くと入り込めなくて挫折するのですが、展開が意外と早い上に描写も具体的なので私でも大丈夫でした。

この本の大きな特徴は、児童書としては珍しく、「お盆」という行事を通して人の「死」や「戦争」と言うものに真正面から向き合い、生きる事の素晴らしさと死んでいった人々への「思い」を描いていることでしょう。

主人公は「なっちゃん」。田舎のおじいちゃんおばあちゃんの「ホラ話」に一喜一憂しながら、賑やかな「お盆」の日々を過す内15日の夜となった。そして、折から姿を現わした十五夜の満月に導かれて不思議な体験をする。それは・・・戦争で死んでいった、あった事もない叔父さんとの出会いと別れ・・・。

「人間は二回死ぬ。一回目は心臓が止まったとき。二回目はみんなに忘れられたとき・・・」

叔父さんの言ったこの言葉に、お盆に皆が集まって亡くなった人々の事を思ったり語り合ったり拝んだりする事の「意味」があります・・・。

お話の中でも取りあげられるのですが、巻末では太平洋戦争末期に特攻隊として出撃して帰らぬ人となった、会ったこともない「叔父さん」の思い出や戦後明らかになった最期の様子も語られます。

そして叔父さんを、「もう一度死なせたくない」という本書執筆の理由や、悲惨な戦争を忘れず、巡り来る夏がいつまでも平和であることを願う言葉で全体が締めくくられます・・・。

戦後65年以上も過ぎて戦争体験の風化が語られる昨今、1959年生まれの作者の、今の内に、忘れない内に書き留めようという熱意が感じられる作品です。子供達への読み聞かせでも良いでしょうし、少学中学年からなら自分でも読めるでしょう。もちろん大人でも・・・。

そうそう、つくづく思います・・・。

「終戦の日」がなぜ8月15日なのか?古来の行事である「お盆」と一緒になる事で、戦後の日本人の「戦争観」が決まり、「お盆」の重要性もそれまでとは全く異なるものとなったと思います。単なる偶然かも知れませんが、ひょっとしたら、「国民が不戦の思いを永久に持ち続けるように」・・・という、「誰か」の、そんな「意思」があったのかもしれませんね・・・。

ちょっと遅かったけれど来年の夏にでもどうぞ・・・。(笑)

2011.08.13 Saturday

斉藤 洋「アルフレートの時計台」

本・・・今でも月に数冊は読んでますが・・・投稿するのも面倒で・・・。(汗)

久々の斉藤洋です。この人・・・「ジーク」「白狐魔記」「西遊記」などを読んだ事があり中々実力のある方だと思います。イラストは森田みちよさん。スッキリとした私好みの雰囲気が感じられて良いです。斉藤洋の本に盛んに起用されている方らしい。

実は、しばらく前の新聞広告で最近新刊が発売されたと知ったのですが、近所の図書館にはまだ未入荷だったので比較的新しいコレを借りてみました。150ページほどの短編ですが、あとがきと読むと、お話の舞台であるドイツの田舎町は作者のこれまでの作品でも登場した思い入れのある町らしく、「連作」の一部と言える作品のようです。

『その時計台にはいくつものうわさがあった。入リ口の扉から入る人はいても、そこから出る人を見ることはない。深夜三時にひとりでくると、池のペガサス像が翼をはばたかせる。時計台の先端に白フクロウがとまっているのを見た者は…時をこえた少年の日の友情を描いた幻想譚』
(〜amazon)

子供の頃住んでいた田舎町に、複雑な思いを抱いて赴任してきた青年医師が主人公。記憶に残っているのは、親友だったアルフレートと過した日々と時計台・・・。意を決して懐かしい広場・・・そこにある時計台を訪れてみると・・・青年の前に一人の少年が現れて・・・。

amazonの紹介文では「幻想譚」となっていますが、確かに幻想的なお話で、次第に明らかになる驚くべき「真実」と、その過程で伝わってくる・・・切ないまでの「思い」が印象的です。

互いに理解しあえた、深い友情で結ばれた二人だったからこそ起こす事のできた「奇蹟」の物語ですが、貴族の家系に生まれたアルフレート少年の大人びた物言いや態度が、ともすればセンチになりがちなお話を爽やかな友情物語と言える結末に導いてくれます。

短編ですからこれ以上は言えませんが、時計台が見せる奇想天外な「奇蹟」や緻密な論理展開、そしてどこか切ないけれど笑顔になってしまうまとめ方など、さすがは斉藤洋と言える出来だと思いますね。

暑いけれど短編でいいから何か読みたい!という方にもお薦め・・・大人でも楽しめます。

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