2014.01.02 Thursday
上橋 菜穂子「獣の奏者 外伝 刹那 (講談社文庫)」
収録されているのは次の4編です。
1 文庫版描き下ろし エリンの母、ソヨンが赤子のエリンを抱える「綿毛」
2 エリンとイアルの同棲・結婚時代を書いた「刹那」
3 エサルが若かりし頃の苦い恋を思い返す「秘め事」
4 エリンの息子ジェシの成長を垣間見る「はじめての…」
注目の書き下ろしは、シリーズの中で一度も描かれなかった空白の時代、エリンの母ソヨンの物語で14ページの短編、文字通りのプロローグ的な位置づけです。
人は「家族」の愛に囲まれて育ち、成長してからは「一族」に護られて生きていくもの。しかし、生涯の伴侶を得ようとする時に大きな転機が訪れることもある。「戒律の民」・・・一族を離れる道を選んだソヨンが赤子のエリンに乳を与えながら、母親との間に生じた軋轢を振り返り思いを馳せる・・・というのが大まかなお話でドラマチックな展開はありません。
そして、「綿毛」に続けて「刹那」「秘め事」「はじめての・・・」と、そろった4編を通して読んでみると、そこに描かれる母子3代および、エリンの師でありよき理解者でもあるエサルの物語によってこのシリーズ全体のテーマがよりはっきりとしてきます。
上橋氏の作品は緻密な情景描写が特徴の一つですが、この作品全体、メインとなる「刹那」「秘め事」も含めて、乳首に吸い付く赤子の様子やエリンの困難を極めた出産場面、切ない恋模様などで極めて肉感的な描写が敢えてされています。理屈を超えた「恋の一瞬」こそ命の根源であるという紛れも無い事実、だからこそ愛おしい、だから書く、という作者の意思が感じられます。
それは生きとし生けるもの全てに対する「慈しみの心」であり、人間によってゆがめられた王獣などの野生の「生」、戒律や政治の都合、身分や育ちの違いによ る不自由な「生」等に対する「抗い」を超えた「生命の讃歌」でもあり、そのような深い「思い」を、冷静さと温かみを兼ね備えた静かな筆致で書いたのがこの「外伝」と言えます・・・。
文庫本の表紙はとても綺麗で、これこそ「命の讃歌」そのものというようです。内容的には、はっきり言って子供やまだ若い人たちには分からないかもしれないけれど、人にとっての「恋の意味」が感じとれるかもしれませんので読んでほしいと思いますね。
「綿毛」が単行本に収められるのかどうか?ちょっと分かりませんが、持ち出してどこでも味わえるようになったのは良いですのでお勧めします。